252号

縦に横に前に後ろに体を持っていかれる。

宇宙船の中は誰も一言も発することはなく、眠りについたり音楽を聴いたりスマホを弄って地面に足をつける時間まで、やり過ごす。

船の中は暖かい光と空気。

70センチ四方の窓の外は真っ暗で窓を通してその寒さが伝わる。真っ暗な中にぽつぽつと光が浮かんでは船の後方へ過ぎ去っていく。

通奏低音が体を通して耳まで上ってくる。

冷たくも温かくも温くもない水を一口飲んでまた旅を続ける。

くろとしろ

白い毛玉は黒い川を横切っていった。

そこそこの交通量がある道路だったが、その時に車は走っていなかった。

猫は前だけを見て急いで走っていた。僕に目をくれずまっすぐと。とにかく対岸へ早く渡ろうと必死だった。

渡りきると一息ついていた。僕はそれに近づいた。猫は僕の目を見ると一目散に闇に消えた。

白さは闇に溶けた。

 

何処へ行くのか

近くの蕎麦屋が店をたたんだ。

81年間続けていたらしい。81年がどれほどの長さかはわからない。何度か行ったが店は綺麗だった。

儲からないからやめたというわけではないだろう。このとおり僕も通うこともあったし、人がそこにはいた。

一宮線の下道沿いにはつぶれた種々の店がある。

これほどまでにつぶれた個人の店がいくらでもある。代わりに通いやすい場所に東京で嫌になるほど見るようなチェーン店が商売をはじめる。

店を構えていた人やその子供たちは何処へ行くのだろうか。

チェーン店や「人が足りない」という企業で働くのだろうか。

猫の居場所

息がつまる通勤電車から見える駐車場があった。車が停まっているところを一度も見ることはなかった。街の中心から北へ向かう大通りに面した駐車場だ。大通りに面してるものの、街の中心から近すぎて、誰もそこには車を停めない。

駐車場はやけに日当たりがよく、茶トラの猫が毎朝毛繕いをしていた。そこだけ時の流れが違っていた。駐車場と茶トラだけが浮いた明るく暖かい世界があった。その世界を眺めていると、少し気が楽になった。

今朝、何の前触れもなく、その世界は無くなっていた。重機が出番を待つかのように静かに腰を据え、爪を研ぎ澄ませていた。既に一部は掘り返されて土が露になっていて、その暴虐ぶりが見てとれた。その力を見せつけるように。金を生む土地を作り出さんとしているのだろう。

茶トラはいつものように、その駐車場を訪れたのだろう。その虐殺現場を目にしてどうしたのだろうか。きっともうそこに茶トラの世界は無いし、それに代わる場所にもならない。茶トラは踵を返して去ったに違いない。そこに怒りや悲しみがあったかもしれない。

それでもまたお気に入りを見つけ、その身を安らげて、新しい秩序を産み出すだろう。猫なんてそんな生き物だ。今もどこかで寝てるか悠々と歩いているだろう。

 金を生む何かに変わったとしても猫が安らげる場所になってくれるならそれが一番だ。